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来月の行事予定|八幡神社 宇佐神宮

秋季皇霊祭遙拝

「秋季皇霊祭」とは、毎年秋分の日に宮中の皇霊殿にて斎行される、皇室の祖先祭祀です。伊勢の神宮を始め、全国の神社において斎行されます。

 

 

虫振祭/風除祭

 「虫振祭(むしふりさい)」とは、もともと御殿内の装束及び宝物類である能衣装関係・面・文書等の虫干しを行う神事でした。平安時代に成立されたと推測されますが、詳しい記録は残っておりません。

 また、同日には「風除祭(ふうじょさい)」が斎行されます。毎年6月に斎行される「御田植祭」にも関わる祭典で、風水害や病虫害からの被害を受けやすい8月の時期に、稲や農作物の無事成長を祈念する祭礼です。

来月の行事予定

水分神社例祭

 水分神社(みくまりじんじゃ)は菱形池の小島に鎮座し、水を司る五柱の神様をお祀りしています。

 水分神社例祭は毎年8月28日に斎行され、地元南宇佐地区の総代や氏子は、水の恵に感謝を捧げ参列致します。その夜は境内の参道に於いて盆踊りが盛大に催され、老若男女の氏子中が太鼓の音にのり、輪になって踊ります。

仲秋祭(ちゅうしゅうさい)

 奈良時代より明治13(1880)年まで「放生会」と呼ばれていましたが、以後仲秋祭と名称が変更となりました。

 放生会の起源は、養老4(720)年、大隅国・日向国の隼人(はやと)等が大隅国守陽候史麻呂(おおすみのこくしゅ やこうのふひとまろ)を殺害したことに始まります。

 この隼人族の反乱を鎮圧するため、大和朝廷は八幡神へ祈請し、薦枕(こもまくら)を神験(みしるし)として神輿に奉じ、戦地である大隅・日向に赴きました。この時の輿が、日本で初めての神輿とされています。

 「罪を憎んで人を憎まず」との八幡大神の御神意により、鎮圧された隼人の霊を慰めるため、和間の浜へ蜷を散供したのが放生会の始まりです。この後、この祭式会は生とし生けるものを憐れみ、慈しまれる八幡大神の大御心に添い奉り、全国に広まっていきます。

 

 初日の10月12日、午後1時から上宮での祭典の後、御本殿より御神輿が出御し、宇佐神宮より8キロ離れた和間の浜の海上に建てられた浮殿(和間神社)まで御神幸されます。

 中日の13日には、「蜷饗祭(になあえさい)」(於 西貝神社)、「水神祭」(於 水之江神社)、「塩屋祭」(於 和間神社)の祭典が執り行われ、これら神社で頂く蜷・水・塩を、午前10時に斎行する「仲秋祭」(於 和間神社)に供します。祭典終了後は和間の浜へ行き、神職により禊祓詞と祝詞が奏上され、蜷のアシヅトを開き散供する「放生式」が執り行われます。

 最終日、14日午後1時、和間神社での祭典の後、再び神輿に御動座され、行列を組んで宇佐神宮御本殿へ御還幸されます。帰路の途中では、隼人の霊を祀る百体神社へ巡幸されるのは古例とします。

来月の行事予定

放生式の様子

 

 

来月の行事予定

初日 御神幸

和間神社にて、六郷満山僧侶が
神輿を迎える(迎講)

風除報賽祭(ふうじょほうさいさい)

 毎年8月7日に斎行される「風除祭」では、田畑の安全と豊作を祈念しますが、10月20日の「風除報賽祭」は、五穀豊穣の祈念が成就したことを報賽する祭典です。10月19日には御輿掛にて「鉾立神事(ほこたてしんじ)」、21日には能舞台にて「御神能」が奉納されます。

 19日の鉾立神事は、氏子の方たちによって奉納される、「風神」・「雷神」の絵画等が描かれた、高さ約6mもの3本の笠鉾を立てます。隆昌を極めていた頃は、30本近く連立されていました。

 10月21日の御神能は、応永年間(1394年 – 1427年)以後に申楽として始まったと伝えられており、戦乱の時代に一度途絶えていましたが、元和5(1619)年には再興され、現在まで毎年奉納されています。能は観世流を主流としますが、地域性を重んじ「宇佐観世」とも呼ばれ地元で親しまれています。

 

御神能について詳しくはこちら

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鉾立神事

御輿掛の東側には「風神」、
西側には「雷神」が描かれます。

 

 

秋季皇霊祭遙拝

「秋季皇霊祭」とは、毎年秋分の日に宮中の皇霊殿にて斎行される、皇室の祖先祭祀です。伊勢の神宮を始め、全国の神社において斎行されます。

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