摂社 大尾(おお)神社




御祭神 八幡大神
祭典日 4月4日


 孝謙天皇の御代の天平勝宝元年(749)八幡大神は比売大神とともに奈良に行幸、そして厭魅事件により伊予の宇和に天平勝宝7年(755)移り、10年後奈多宮を経由して宇佐に御帰還になったが、宇佐三山の一つ大尾山の頂上に御鎮座するとの託宣があったので、天平神護元年(765)に造営使を遣わして御造営になり、ここに約15年後鎮座された。
 この間の神護景雲3年(769)夏の7月11日、和気清麿公(わけのきよまろこう)は、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)の事件に際して、御神教を賜るために勅使として参向、大尾山頂の社頭に参拝されて、国体擁護の御神教を授かった霊地である。
 延暦元年(782)小椋山の本宮に還御になったのであるが、国家鎮護の遺蹟を保存するためにこの時大尾神社を創祀になったものである。昭和御造営に際して新に復興して還御申し上げた。

 神垣の月ぞさやけき雲霧の
   おほふの山の名にもたかひて
             (烏丸(からすまる)大納言光胤卿)