神宮寺弥勒寺跡(みろくじ)




 宇佐神宮の神宮寺弥勒寺は、聖武天皇の勅願寺であって、宇佐神宮とともに古い由緒を持っているが、江戸時代末期から廃寺となり、今は旧蹟だけが残っている。呉橋から表参道に通ずる西参道までの、南北一帯の地域がその旧蹟である。西参道の南に、金堂、講堂、塔、鐘樓、祗園社(末社八坂神社)などがある。
 また、西参道北側の今の神宮庁と斎館のある場所は、古く神宮が社務を取扱っていた庁分と称する建物のあった所である。また東西南北に樓門や大塔などがあって、その規模は実に壮大なものであった。
 この弥勒寺は、天平10年(738)日足(ひあし)の弥勒禅院を移したものと伝えられている。宇佐には、当時既に飛鳥、白鳳期の建立で法隆寺形式の伽籃配置といわれる虚空藏寺、法鏡寺などの大規模な寺院があったが、この神宮寺の創建により宇佐地方の仏教文化も一段と隆盛を見たものと思われる。
 古い寺院には院坊が附属するわけであるが、宇佐にも神宮の南正面、宮迫に宮佐古山二十六の院坊があった。又、弥勒寺金堂などは江戸後期迄存続していたが、嘉永2年(1849)8月暴風のため倒壊した。